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腐食し続ける原子力マーケットは復活するのか

原子力発電所
(画像=yotily / Shutterstock.com)

はじめに ~未来をリードするはずだった原子力ビジネス~

過去、米国が原子力爆弾の実験を行うため、太平洋上に浮かぶマーシャル諸島を実験場として利用してきた。無論、米国は様々な地域で原子力技術の実験を実施してきた経緯があり、そこはその内の1つというわけだ。同諸島においてはその実験はもはや行われていない。原子力技術が実用されるようになってから、それによって生じる放射性廃棄物の問題や核兵器の危険性が指摘されるようになり、もはやかつてのように表立って原子力技術開発を競う様な事態が生じにくくなったためだ。核不拡散条約への調印や国際原子力機関(IAEA)の設立を通して、人類は原子力技術の中でも兵器利用を制御することを試みてきた。

マーシャル諸島に関しては米国が核実験をもはや行っていないという事実から同地域は安寧を取り戻したかのように思えた。しかしながら現実はそうはいかない。去る3月26日(マジュロ時間)、マーシャル諸島上の密閉された核実験跡地から放射性物質が漏れ出ている可能性指摘された。当該実験場跡地において米国はドーム型の蓋を被せるように放射性物質の拡散を防いできた。しかしいかに頑強であっても、経年劣化には勝てず防御壁上にヒビが生じ始めてきた。そこから放射性物質が漏れ出る可能性を国連が指摘しているのだ。具体的には、防御壁は10万平方メートルに亘って核実験跡地をカバーし、深さ10-15メートルほどのクレーターの底に放射性物質が存在している。堆積した放射性物質の上から何層にも渡る蓋を被せていき、人類は汚染が外部へ漏れ出ることを防いできた。それ以来、人々は「マーシャル諸島の原爆ドーム」として同地域を核実験の負の象徴として扱ってきた。

今次報道は我々が一度関わった原子力技術からの完全離脱が事実上不可能であることを意味している。マーシャル諸島の例が示すように、たとえ原子力技術の実証実験が終息したとしても、人類は残される放射性物質と何十年、何百年以上先も向き合っていかなくてはならない。

本来であれば原子力技術こそが現代の大量のエネルギー需要を満たす救世主になるはずだった。火力発電のように二酸化炭素(CO2)を排出することも無く、また自然エネルギーとも異なり、原子力発電がエネルギーを大規模かつ安定的に確保出来るからだ。 

過去の清算 ~繰り返された核実験のツケを支払う~

福島やチェルノブイリだけでなくマーシャル諸島の様な原子力技術の実験場跡地ですら、人類が未だ重大な問題を抱えていることが分かってきた。「マンハッタン計画」以来、米国をはじめとする核保有国が世界各地で実験を行ってきた。例えば米国はネバダ州に数多くの原子力技術の実験実績を保持している。そのような地域では原子力技術の実験を実施した当時のみならず、現代になっても地元住民を中心に人々が後遺症に悩んでいるのだ。

他方で、使用済み核燃料の処理は人類が原子力技術を実用化して以来、常に頭の痛い問題である。我が国の小泉元首相がフィンランドに所在する核廃棄物の最終処分場「オンカロ」を往訪した上で「原発ゼロ」を叫び始めたことは記憶に新しい。実は同最終処分場に格納された核廃棄物を包む防護カバーやドイツに所在する核廃棄物の処分場の防護壁について、それぞれ老朽化が懸念されているのである。このような現状を目の当たりにして人々が原子力発電所の全面廃炉を決意することは理解できる。緊の課題として福島第一原子力発電所事故後に周辺地域に漏れ出していると指摘されているトリチウム汚染水処理がある。同問題を巡っては我が国やロシアの企業がトリチウム汚染水処理技術の開発を急いでいる。汚染水処理の行方を我が国のみならず世界各国がその対応の行方を注視している。

放射能汚染と健康被害の関連性については、ソ連(当時)が核実験を実施していたカザフスタンのセミパラチンスクの例にあるように、人類は長期的な課題として対応を検討しなくてはならない。原子力技術利用から生じる汚染物質を将来的に処理可能であるかどうかが重要であり、それ如何で原子力マーケットの展開が大きく変わり得るというのが卑見である。

おわりに ~腐食し始めた原子力マーケットの復活はあるか~

以上述べた状況が変わらない限り、原子力マーケットを取り巻く状況が引き続き暗いものになる蓋然性は高い。当面は廃炉ビジネスないし汚染水処理ビジネスが原子力マーケットの主流になる。核保有国との関係からもある国が原発をゼロにしようと思い立ったところで国際的に原子力技術を廃止することは不可能である。

そこで人類が実行しうるプランBとしては、原子力技術を存続させつつも同時に汚染物質処理技術の革新を図る方向がある。喫緊の課題が汚染物質の処理である以上、まずはその点が解消されることで原子力技術の全面廃止とはいかずとも放射性物質からの解放という必要最低限の安全保障を人類は確保できるだろう。原子力発電事故等の可能性は依然残るものの、核兵器保有国との関係では一旦は衝突が回避できる。

それでは我が国を含めた原子力マーケットの展開はどうなってゆくのか。汚染物質の処理技術が確保されることでむしろ原子力マーケットそのものは立て直しが図られる可能性があるというのが卑見である。

仮に我が国がプランBを実行する場合、電力需要の高い新興諸国が対象になる蓋然性が高い。特に東南アジア諸国が安定的な電力供給を求めて原子力発電の導入を検討している。例えばインドは石炭を用いた火力発電への偏りを解消することを目指しており、同国が将来的な原子力発電技術の輸入を想定して我が国と原子力協定を去る2016年に調印した。他方で中南米における原子力需要を高めるべく、日欧米が主催する国際会議の場でアルゼンチンのガダノ原子力担当次官が小型原子炉の推進について熱弁をふるったことも留意すべきだ。原子炉の共同開発という可能性も我が国企業が今後検討すべき方向性の1つである。 アフリカ地域では、南アフリカ共和国がかつては核兵器を保有し、その後世界で初めて自主的に核兵器を放棄した。同地域はアフリカ諸国が発展するためには安定した電力インフラの敷設が望ましく、原子力発電がそれを担いうると注目している。但し、かつて核兵器を保有していた南アフリカ共和国とそうではない一部のアフリカ諸国とでは放射性物質に対する関心度が大きく異なっていることから、輸出を試みる企業は同地域が必ずしも一枚岩ではないことを留意すべきである。

以上のようにグローバル規模では未だ原子力発電に対する需要が一定程度存在しているということが分かる。原爆の被害を体験した国として、また大規模な原子力発電事故を経験した国として我が国がリードする形で汚染物質の処理技術やその発生・拡散を防ぐ技術の革新がなされれば、我が国がリーダーシップを取り、グローバル規模で安定的な秩序を保つ役割を担うことも可能である。無論、この議論は汚染物質の処理技術の発展ありきである以上、仮に技術革新がなされない場合、我が国が原子力技術の輸出国ではなく輸入国に立場を変えざるを得なくなる可能性があるのは必至である。まずは目下における汚染物質処理技術の開発動向を中心に原子力マーケットを注視すべきだ。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

岡田慎太郎(おかだ・しんたろう)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2015年東洋大学法学部企業法学科卒業。一般企業に勤務した後2017年から在ポーランド・ヴロツワフ経済大学留学。2018年6月より株式会社原田武夫国際戦略情報研究所セクレタリー&パブリックリレーションズ・ユニット所属。2019年4月より現職。