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沖縄県民投票 忘れてはいけない「一人の少女」、そして分断を乗り越えるという姿勢

県民投票を呼びかける垂れ幕(沖縄県那覇市、筆者撮影)

 2月24日に投開票がされた沖縄県名護市の辺野古新基地建設による、埋め立ての是非をめぐる県民投票。民意が示したのは、圧倒的と言っていい反対だった。結果に法的拘束力はなく、投票の結果如何に関係なく国が建設を進めることは確実だ。忘れてはいけないのは、この問題の「そもそも」だ。

原点にある事件

 辺野古問題の原点は1995年まで遡る。同年9月、沖縄の米海兵隊員ら3人が、当時12歳の女子小学生を集団暴行した事件だ。一人の少女が米兵に拉致され、暴行を受ける。この事件の衝撃は大きかった。

 私は当時、事件を捜査した沖縄県警捜査一課の担当記者に話を聞き、ルポルタージュを書いたことがある。(講談社・現代ビジネス)。地元紙記者である彼が語っていたのは、ただの事件記者ではまず直面しない、あまりにセンシティブな捜査だった。ルポから引用しよう。

《捜査を担当する沖縄県警捜査一課の次席(メディア対応の責任者)から本当に異例のことですが個別に呼ばれ、「こんな事件が起きている。もう少しだけ発表を待ってほしい」と要請を受けました。

その時点で被害者が少女であること、そして加害者の米兵が3人いて県警は彼らの名前まで割り出していた。

それでも沖縄の刑事はみんな知っています。これは自分たちが逮捕しても捜査が及ばない案件でもっと政治的な問題になる。中途半端な段階で捜査情報が漏れてしまうと、これ以上の情報が取れなくなる可能性がある。

ギリギリまで待ってほしいというのは、そういうお願いでした。彼らは自分たちの島で起きた凶悪事件なのに、容疑者がわかっていても何もできないことばかりなのです。できる限り被害者のために捜査をしたいんだという思いは伝わってきました。》

記憶とファクト

 なぜ衝撃だったのか。それは少女暴行事件が戦後の沖縄に残っていた生々しい記憶を呼び起こしたからではないか、という話を方々で聞いた。いくつかのファクトを沖縄タイムス2016年6月18日に発行した特別紙面から抜き出しておこう。

 ・沖縄の面積が日本全体の0・6%なのに、米軍基地の負担率は74・4%に達する。

 ・戦後10年目=1955年には沖縄の負担率は11%に過ぎなかった。それが増えてきたのは、本土から沖縄に駐在した海兵隊の存在だった。

 ・1945年以降発生した強姦殺人、殺人、交通死亡、強姦の被害者数は少なく見積もっても(資料や文献で確認できるもの)だけで、620人超に上る。その中には生後9ヶ月の乳児もいた。

 ・米軍統治下の沖縄では米兵への捜査権、逮捕権、裁判権は制限されており、米軍が開いた法廷で明らかな有罪であっても「無罪」が言い渡されることが日常茶飯で起きていたこと。

 少女暴行事件はこれらの記憶を蘇らせたということだ。事件はやがて、1995年10月21日に大規模な県民大会に発展した。立ち上がった人々の怒りによって、翌1996年4月に電撃的と形容される普天間基地返還が決まった。

 歴史に基づくリアルな感情を共有すると「今」の見方が変わる。戦後の歴史の延長線上に少女暴行事件、大きな反対運動がある。声を上げた結果、日米政府は普天間を返すと言った。少女暴行事件があったにもかかわらず、問題はいつの間にか普天間返還から、辺野古沖への移設が争点となり、やがて埋め立てて新基地建設という話になり……。

 そして、20数年の時を経て県民投票に結びつく。

県民投票前の沖縄で

 今月、県民投票を前に雑誌「ニューズウィーク日本版」の依頼で沖縄各地を取材した。懸念された投票率は50%を超え、52・48%だった。反対票は昨年、県知事選で玉城デニー知事が獲得した約39万6000票を上回り、40万票を超えた。

 結果を見ながら、取材で出会った自民党沖縄県連の幹部が「沖縄の世論は……」と解説してくれたことを思い出す。

 《「辺野古は反対。基地もできるだけ少ない方がいいし、無いならないほうがいい。でも、現実には基地で仕事がある人もいて、交流もある。全面撤去は望ましくないが、かといって新しく作られるのは嫌だ。これだけ基地を負担をしていて、なお日本のために新しい基地が必要だと言うなら、本土に作ってくれ」というところに多数が収まるんじゃないかな。

 世論調査をやっているからね。間違いない。でも、政権は本気。国の建設は止められない。受け入れるしかないって人もいるし、何よりあれだけ危険な普天間が返還されるなら仕方ないという人もいる。》

 ひとしきり「世論」を解説した後、彼は興味深い話を始めた。辺野古について反対を貫いた前知事の翁長雄志、前々知事で辺野古周辺海域の埋め立てを承認しながらも、沖縄が置かれた状況を「差別に近い」と語った仲井真弘多の違いである。

 翁長はかつては自民県連の雄、仲井真は自民系が推した知事だ。二人のことはともによく知っている。

 《ウチナンチューが本気で国とケンカを続けることができるのか。今はまだできない、と思っていたのが仲井真さんで、今こそ戦うべきだと思ったのが翁長さん。分断があるっていうけど、彼らの違いは本土の人が思っているほどには無いんだよ。本土から来たメディアの人にはわからないと思うけどさ……。》

 外から見れば「分断」と言いたくなるような違いも、内側のモノサシを使えば違って見える。

県民投票で反対を呼びかけるノボリ(沖縄県名護市で筆者撮影)

 

忘れてはいけない原点

 少女暴行事件と同時に忘れてはいけないのは、今回の県民投票を主導したグループも反対と賛成の分断を促すという狙いはまったくないということだ。繰り返し聞いたのは、「県民投票で意思表示をして、いがみ合いや分断を乗り越えたい」という強い思いだった。

 これが彼らの原点だ。

 少なくとも私が取材した人たちが、時間を費やしたいと思っていたのは「基地が多すぎる。経済が弱すぎる」という沖縄の問題を受け止め、未来を語るということだった。

 

 沖縄が多くの願望が投影される土地だ。保守もリベラルも共通しているのは、自身の政治的なスタンスに合致する時は喜び、反対する民意が示されたときはがっかりするということだ。

 政治的スタンスというモノサシだけで「民意」を解釈し、利用しようとする。今回の投票結果を巡っても、よくやったという賞賛、意味がないという批判、県民は何もわかっていないという冷笑が飛び交うだろう。

 こうした姿勢こそが無駄な分断を生んでいる。問題は内部にあるのではない。上がった声を聞かない政府であり、都合のいい意見にしか共感できない人々にある。投じられた一票の向こうに何があるのか。何かを言う前に立ち止まって考えることはどこにいてもできる。

 忘れてはいけないのは、歴史であり、原点だ。