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次世代銀行は世界をどう変えるのか――黒鳥社・若林恵氏インタビュー【前編】

12月11日、 『NEXT GENERATION BANK 次世代銀行は世界をこう変える』が日本経済新聞出版社から発売された。責任編集は『WIRED』日本版の編集長を2017年末に退任、18年春に独立系出版社・黒鳥社(blkswn publishers Inc)を設立した若林恵氏だ。氏が同社初の出版物のテーマとして選んだのは「銀行」だった。

若林氏が長く編集長を務めた『WIRED』は一部で「私たちが生きる世界を、テクノロジーから切り取るメディア」などとうたっていることもあって、テクノロジーに関する情報が掲載された、いうなればアーリーアダプターやギーク向けの雑誌というイメージが強い。その若林氏がなぜ「銀行」をテーマに選んだのだろうか。その狙いと取材の裏側について聞いた。(聞き手:濱田 優 ZUU online編集長/写真:森口新太郎)

テクノロジーそのものを取り扱ってきたわけじゃない

――WIREDの編集長を退任されて、今回、「お金」の話を取り上げたムックを出されました。その理由や背景について教えてください。

お金の話は抽象論としては面白いんだけど、財テクというか「どうやって儲けるか」みたいな印象が強くて、フィンテックもそういう感じの延長に見えるわけです。これは偏見でもあるんですが、一種のギャンブル好きのように「お金を増やすこと」が好きな人たちもいて、自分とは関係なく見える。

一方でニッチではない話になる気もしていて。特に銀行がデジタルテクノロジーによって変容を迫られるとなると皆と関係することだし、補完したりアップデートしたりする上でフロントエンドでいろんなフィンテックサービスが出てきて、僕らの生活のありようを根本から変えるだろうなという気はしている。

だとすると、キャッシュレス化も含めてそれが何のためになされるのか、なされなければならないのかとかという議論や決定が、社会のコンセンサス、合意がないところで進んでいくのはよくないですよね。

金融の世界で起きてる変革について自分がやるのは恐れ多いからやってなかったんですけど、社会から見た論点としてどういうふうに見れるかという意味、違う切り口ならできるかもと思ったんです。

――新刊を読むと、若林編集長時代の『WIRED』を読み込んでいた読者はともかく、それを知らない人は「あれ?元WIRED編集長がつくったにしてはテック感がないな」と思う人もいるだろうなと思いました。

僕はそんなにテクノロジーそのものを扱ってきたつもりはないんですよ。テクノロジーそのものの面白さってある程度コモディティ化していて、新規なものはしばらく見てないですよね。

『WIRED』やってた時もそうですが、取り上げているのはテクノロジーそのものの話というよりは、たとえば個人データをどういうふうに取り扱うかというような話ですよ。ケンブリッジ・アナリティカ(編注:2016年の米国大統領選や英国のEU離脱を問う国民投票で利用された英国の選挙コンサルティング会社。データ収集の手法や情報操作などが疑問視された。18年破産手続き開始を表明)みたいなものが出るまで問題が放置されてきたわけで、それをどういうふうにもう一回ガバナンスするのかという話。テクノロジーの問題というよりはガバナンスとか法令案の話ですよ。

AI(人工知能)も技術論もあるけど、新刊でもAIと憲法という文脈で取り上げるような本も出ているわけです。つまり民主主義的な原則と照らし合わせたときに、AIとはどういうもので、どうすればそれにのっとった形で運用し得るのかという議論をしているわけです。

GDPR(編注:General Data Protection Regulation、一般データ保護規則。「忘れられる権利」などプラットフォーム企業による個人データの濫用に対するけん制・規制を目的とする)個人データのだってそう。社会がどういうふうにつくり直されていくのかという話だから、僕も興味持てるようになった気はしています。

ヨーロッパでチャレンジャーバンク(編注:銀行業のライセンスを取り、各種預金やローンなど既存の銀行と同じサービスをモバイルアプリで提供する)といわれるものが誕生している背景にはPSD2(編注:Payment Services Directive 2、EU決済サービス指令。従来のPSDでは対応できない新興フィンテック企業・サービスに対応した法的枠組み)という法令があって、それがGDPRとセットで打ち出されている。そこにある「社会をどういうふうに変革していこうか」というビジョンには興味があるんですよ。

――個人データや権利の保護、データの改ざん防止ということでは、最近注目が高まっているブロックチェーンにまつわる動きは見逃せません。

今回取材の過程で発見だったのは、『ビットコインはチグリス川を漂う』の著者のデイビッド・バーチが言ってたホモモーフィックエンクリプション(Homomorphic Encryption)という技術で、一種の“半透明化”の技術です。

簡単にいうと、データベースそのものの情報は暗号化されて開示されないけど、その状態のまま必要な情報が取り出せるというものです。個人から見た時に「こっちから相手は見えてるけど向こうからこっちは見えてない」ということ。今後、世の中の核心に存在すべき技術だと思います。

何度か訪れているエストニアには行政が使っているX-roadというOSがあり、シェアマインドという会社の技術が入っているんですが、そこで半透明化の技術が使われています。たとえば異なる国や企業の衛星同士がお互いのデータをやり取りする時に使われるんです。衛星の持つデータは基本的にそれぞれの国や企業のものなので、全部をやり取りしたり完全に透明化したりはできないけど、お互いの軌道がどうなっているかといった一部だけをやり取りできる、そういう一種の技術なんです。

そういう技術があると、ある種公正性が担保されるし、これからの世の中にとって大事な部分かなと。ただブロックチェーンもそうですが、テクノロジーも意外と地味な話になってきちゃってますからね。

「好きなことをして生きていく」のを支えるフィンテック

――たしかにテックスタートアップの注目度というか、持てはやされている感じは一時期ほど強くなくなっているようです。

『WIRED』やっていた間も思っていたんですが、スタートアップが盛り上がったのって、TwitterがSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)で世に出た2007年ごろから後の5~6年くらいかなと思うんですよね。Facebookが生まれUberが生まれ……もうフロントエンド(編注:ここでは消費者向け、to Cビジネスを展開する企業・サービスの意)は大体取られちゃったという感じがあるじゃないですか。

僕が好きな会社にカナダのShopifyがあって。ECのバックエンドをサイト構築から在庫管理までやってくれるんです。それまでは誰もがECをできるようになったとはいっても、自分たちでスクラッチで必死にサイトつくったり、裏側の仕組みも整えたりしなきゃいけなかった。

でも「それって自分で作らなくてもよくない?」とバックエンドのサービスが増えてきたわけです。今儲かってるのは実はそこをやってる人たちだったりする。例えば音楽でも、レーベルやミュージシャンが音源をプラットフォームごとに合わせてメタデータを作って全部渡さなきゃいけなかったら、音楽つくってる時間がなくなってしまう。そこに向けてデジタルディストリビューションをやるような会社が欧米でかなり大きくなってる。

「誰でもやれる」というのを実現するためには、裏側にきめ細かいサービスが必要にだし、お金に関する話も僕はそういうものとして見えてる感じなんですよね。

例えば、「好きなことをやって生きていく」という話は結構だけど、それで収入が生まれると面倒くさいことも出てくる。会計やって税金払って、ということが出てくるときに、結局そうやって出てきたお金に関わる話が、あいかわらずハードルが高いままだと、好きなことやって生きていくもクソもないわけです。

会計アプリとかから請求書や領収書も発行できるような仕組みを、本当にモバイルでやれますよという話が出てくると、好きなことをやって生きていくという話が、やっと初めて現実味を帯びるということな気がする。そういうサポートのメカニズムとして、フィンテックというものがあり得るのかなと。