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新紙幣の肖像はどんな人なのか?知っているようで知らないお金のトリビア

デザインの刷新が発表された日本銀行券。新たな肖像画は、新一万円券が渋沢栄一、新五千円券が津田梅子、新千円券が北里柴三郎です。新しい「日本の顔」に決まった偉人たちは、具体的にどのような功績がある人物なのか、具体的には知らないという人もいるのでは?そこで3人の足跡と偉業を紹介します。

新しい日本銀行券・五百円貨幣の概要と発行目的

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(写真=PIXTA)

財務省の発表によれば、新たに発行されるのは、2024年度上期発行予定の一万円券・五千円券・千円券の3種類の日本銀行券と、2021年度上期発行予定の五百円貨幣です。

新紙幣3種については、偽造抵抗力強化の観点から、現行のものより高精度なすき入れ技術(すかし)と、肖像の3D画像が回転する世界初の最先端ホログラム技術が採用されます。さらに、券種間の識別性を向上させる目的で、新たにユニバーサルデザインも採用される予定です。これによって、指先の感触だけで券種を識別できるマークの形状と配置や、すき入れ・ホログラムの位置が、券種ごとに変更されます。

図柄には、一万円券は表が渋沢栄一・裏が東京駅の丸の内駅舎、五千円券は表が津田梅子・裏がフジ(藤)の花、千円券の表は北里柴三郎・裏は富嶽三十六景(葛飾北斎)の「神奈川沖浪裏」が採用されました。

新五百円貨幣では、偽造抵抗力強化対策として、素材にバイカラー・クラッド(二色三層構造)技術、貨幣の縁には「異形斜めギザ」(斜めギザの一部をほかのギザとは異なる形状にしたもの)を導入し、縁の内側には微細文字が加工されます。

肖像画が掲載される三偉を紹介

新紙幣に肖像が掲載される人物はいずれも日本史にその名を刻む著名人ばかりです。ここでは、各人の人物像と功績を紹介します。

渋沢栄一(しぶさわえいいち)【1840~1931】 500以上の起業の創立や育成を手掛ける

渋沢栄一を一言で表すなら、「近代日本経済の基礎を築いた日本を代表する実業家」が最も適当でしょう。

一橋(徳川)慶喜の幕臣時代にパリの万国博覧会を見学し、ヨーロッパの近代文明に触れたのが、「経済人」としての渋沢栄一の基礎になったと言われています。その後、明治政府の官僚として、度量衡・租税・貨幣制度や鉄道の敷設など、数多くの案件に携わりました。33歳で実業家に転身した後は、第一国立銀行(現みずほ銀行)の設立をはじめ、抄紙会社(現王子製紙)・共同運輸会社(現日本郵船)・東京瓦斯会社(現東京ガス)・東京株式取引所(現東京証券取引所)など、約500もの企業の創立や育成に携わりました。

約600の社会公共事業や民間外交にも尽力し、東京商業会議所(現東京商工会議所)・東京府慈善協会(現 東京都福祉事業協会)など、数多くの事業や団体の設立・運営に関わりました。

津田梅子(つだうめこ)【1864~1929】 日本初の女子国費留学生で津田塾大学創設者

津田梅子は、日本初の女子留学生、そして津田塾大学の創設者として知られています。

女子教育者の先駆者である津田梅子の経歴は、1871年に6歳で日本初の女子国費留学生として渡米したことから始まります。11年間という長い年月をアメリカで過ごし、多くの知識と学問を身に付けました。

帰国後に役人や大学教授としての地位が約束されていた男子留学生と違って、津田梅子ら女子留学生には働く場すら用意されず、日本女性の地位の低さに落胆します。伊藤博文の勧めで華族女学校の教授職に就いた後、再度アメリカの大学に留学して生物学や教育教授法を学びました。

日本に戻ると、日本女性のための高等教育を使命と考えた津田梅子は、復帰した華族女学校教師の職を辞します。1900年には私塾「女子英学塾(現津田塾大学)」を創設し、その生涯を、「男性と協同して対等に力を発揮できる女性の育成」を掲げた女子高等教育に捧げました。

北里柴三郎(きたざとしばさぶろう)【1853~1931】 慶応義塾大学医学部の創設者

北里柴三郎は、日本の近代医学の礎を築いた人物として知られ、伝染病予防や細菌学の発展に大きく寄与した医学者です。

1874年に東京医学校(現東京大学医学部)に進学した北里柴三郎は、在学中に「医者の使命は病気を予防することにある」と確信し、予防医学を生涯の仕事とすることを決意しました。

1886年からの6年間ドイツに留学して、病原微生物学研究の第一人者のもとで研究に励みました。留学中の1889年には破傷風菌の純粋培養に成功し、免疫抗体の発見や血清療法を確立しています。

帰国後は、「伝染病研究所」や結核専門病院の「土筆ヶ岡養生園」を開設して予防・研究・治療に従事しました。1894年にペスト菌を発見し、1914年には医学研究機関「北里研究所」を創立後、細菌学・免疫学の教育活動にも従事、1917年には「慶応義塾大学医学部」を創設するなど、日本の医学界において多大な功績を残しました。

日本の近代化に多大な貢献をした三偉人

新しい日本銀行券の肖像に決まった渋沢栄一・津田梅子・北里柴三郎の3人は、それぞれ日本の経済・教育・医学の発展に大きく貢献した人物です。日本の近代化を推進した彼らの経歴を改めて学べば、日々の経営にフィードバックできることもきっとあるはずです。(提供:企業オーナーonline

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