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大前研一が明かす「稼ぐ力」を身につける術

(本記事は、大前研一の著書『大前研一 稼ぐ力をつける「リカレント教育」』インプレス2019年6月15日刊の中から一部を抜粋・編集しています)

日本政府がリカレント教育に目をつけた理由

人生100年時代
(画像=Romolo Tavani/Shutterstock.com)

2017年11月、安倍晋三首相は首相官邸で開かれた「人生100年時代構想会議」の席上で、「人生100年時代を見据え、その鍵であるリカレント教育の拡充を検討する」と宣言した。

これを聞き私は、「政府もついに分かってくれたか」と感慨深かった。1998年にビジネス・ブレークスルー(BBT)を創業後、一貫してリカレント教育の必要性を説きBBT大学などでビジネスパーソンに対する実践教育を行ってきたからだ。

ところが、政府の方針を読むと、私が意図するリカレント教育とはかなり異なることに気づいた。私がリカレント教育を若年層から「生涯にわたり」行うべきと考えているのに対し、政府は60歳前後の人の再教育にのみ重きを置いているからだ。

年金の受給開始時期の繰り下げや受給額の減額を見越してのことだろう。定年後年金が受給されるまでだけ若干稼げる力をつけさせることが、日本政府がリカレント教育に力を入れる本当の理由なのだ。

これは、安倍首相が自ら議長を務める未来投資会議の席上で、「70歳までの就業機会を確保する」と言及したこととも一致する。さらに、安倍首相は65歳までの継続雇用を企業に義務づける制度を残しながら、65歳以上の「シニア転職」を増やすとも述べている(2018年10月23日付「日本経済新聞」)。

図1 社会人が就労に活かすために学び直すことが 「リカレント教育」
(画像=BBT 大学総合研究所 ©BBT Research Institute All rights reserved.)

現行の年金制度では、受給開始年齢は65歳に設定されている。そのため60歳で定年退職 を迎えるとなると、その後の5年間新たな仕事を見つけなければ、退職金や預貯金を食いつぶすしかない。定年後、生活費を月15万円に抑えたとしても受給開始年齢の65歳までの5年間で900万円必要になる。

ところが、政府は公的年金の受給開始年齢を「75歳」まで引き上げようとしている(2014年、当時の田村憲久厚生労働相が、受給開始を選ぶことができる年齢の上限を75歳程度まで引き上げることを検討すると述べた)。

2017年10月には内閣府の有識者検討会が、受給開始選択年齢を70歳以降にできる仕組みづくりを求める報告書をまとめた。さらに政府は65歳まで働けるように企業に義務づけ、2019年以降「高年齢者雇用安定法」を改正するなど、70歳まで働けるようにしたいという考えがあるようだ。

こうした年金制度の変更について、政府は「各自が選べる(つまり任意)」と主張するが、いずれ法案化され全国民に適用してきたのがこれまでの政府の常套手段である。現役世代の人は、年金の受給開始年齢が75歳まで引き上げられることが当然起きうることだと頭の片隅に置いておく必要がある。

今後、受給開始年齢が75歳まで引き上げられた場合、生活費が月15万円として65歳からの10年間で1800万円が必要となる。このままでは、ほとんどの人が年金の受給開始までの時期を乗り切ることができないだろう。

これからの時代は、60歳から75歳の「魔の15年」を乗り切り、生涯にわたって豊かに生き続けるためにも、国民一人一人が「稼ぐ力」を身につけるしかない。そのためには若い頃から意識してリカレント教育に積極的に取り組む必要がある。日本政府は年金の受給開始年齢を75歳まで引き上げたいのであれば、もっと若い層からのリカレント教育に本気で取り組むべきだ。

「生涯現役」を前提とした学ぶ姿勢

政府の「人生100年時代構想会議」のメンバーには、『LIFE SHIFT(ライフ・ シフト)― 100年時代の人生戦略』(東洋経済新報社)の著者であるロンドンビジネスス クールのリンダ・グラットン教授も加わっている。彼女は「人生100年時代」の言葉が日本で認知されるきっかけとなった人だ。

同書には、世界的に進む長寿化を踏まえ、仕事やライフスタイルをマルチステージ型で構築する上での考え方などが書かれているが、これは私がリカレント教育を必要と考える理由とも符合する。

図2 人生100年時代の到来により、人生がマルチステージ型に   シフトしつつあり「学び直し」が重要になっている
(画像=Human Mortality Database ,University of California Berkeley、リンダ・グラットン『LIFE SHIFT 100年時代の 人生戦略』ほかより作成 ©BBT Research Institute All rights reserved.)

しかし、日本政府としてはグラットン氏を会議のメンバーに引き入れてみたが、目の前に迫る年金問題の方に関心を持っているのが本音だろう。

これでは、リカレント教育の本来の趣旨と離れてしまうが、日本政府がそういった考えに至るのも分からなくもない。日本の年金制度はほぼ限界を迎え、老後問題は年々ますます深刻になっていくことが予想されるからだ。

年金制度がスタートした1960年代は、1人の高齢者を11人の現役世代(20〜64歳) が支えていたが、今は1人の高齢者を2人の労働者が支えている状態である。今後さらに年金受給者が増えていけば、現在の年金制度を維持できるはずがない。

デモグラフィー(人口動態)を見ると、2007年生まれの日本人の半数が107歳に達すると予想される。20世紀の日本人の平均寿命が80歳程度だったことからすると、定年退職後の余命は今の倍程度になる計算だ。

人生80年時代であれば、60歳で定年を迎え退職金と年金だけで残りの20年間を生きることは可能だった。日本の社会保障や企業の人事制度もそういった前提で設計され、個人もそれを信じてライフプランを描いてきた。だが間もなくこうした考え方は通用しなくなる。

21世紀型のライフモデルにシフトするためには、「生涯現役」を前提とする必要がある。

60歳を過ぎても働くのが当たり前であり、死ぬまで国に頼らずに自分の面倒は自分で見るというマインドセットや、そのために必要なスキルを個々人が身につける必要がある。

しかし、60歳前後の人を急いで再教育したところで、激しい時代の変化に対応することは難しく、せいぜい勤務先に再雇用され簡単な事務作業などに従事するのが、関の山だろう。

日本のビジネスパーソンには、50歳を過ぎるとゴール間際のような感覚に陥り向上心を失ってしまう人が少なからずいる。特に出世コースから外れた人は、新しいことにチャレンジすることもなく、「給料が高い割に生産性が低い」と会社のお荷物になってしまっていることも多い。

だが、そういった後ろ向きの生き方は、今後通用しない。たとえ会社のコア人材に選ばれなくても、定年退職後に活躍する方法はいくらでもある。向上心を失い組織の中で停滞してしまうことは、個人にとって単なる自殺行為でしかないのだ。

政府や企業はライフステージの全ての段階に対応したリカレント教育の仕組みを構築し、個人は生涯学ぶ姿勢を身につけることが、21世紀に生き残るために不可欠なものになるだろう。

大前研一 稼ぐ力をつける「リカレント教育」
大前研一(おおまえ・けんいち)
早稲田大学卒業後、東京工業大学で修士号を、マサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号を取得。
日立製作所、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、現在、(株)ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長。著書に、『「0から1」の発想術』『低欲望社会「大志なき時代」の新・国富論』(共に小学館)、「日本の論点」シリーズ(小社刊)など多数ある。

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