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台湾で、同性婚を祝う「合同披露宴」。2000人近くが、総統府前で喜びを分かち合う(画像)

披露宴に集まった人たち

5月24日に、同性カップルの結婚登録が始まった台湾。一夜明けた25日に、台北・総統府の前で同性婚の実現を祝う合同披露宴が開かれた。

会場となったのは、台北・総統府前の凱達格蘭(ケタガラン)大道。

台湾の政治のシンボルである総統府をバックに作られた、1600人が入れる披露宴会場には、夕方近くになるとたくさんの人々が集まり始めた。

披露宴のために並べられたテーブル。左奥に見えるのが総統府

合同披露宴は、同性婚の実現を祝う場として開催された。

実際に結婚した同性カップルらに加えて、平等な婚姻のための闘いを支持してきた人たち1600人が参加した。

「幸せをシェアし、勝利を祝うために披露宴を開きました」と、披露宴を開いた団体「台湾伴侶権益推動連盟(伴侶盟)」の許秀雯さんは語る。

 「同性カップルの結婚、そして平等な権利に賛成し、サポートしてくれる人は誰でも歓迎です!」

来場者と写真を撮影する許秀雯さん(左から二番目)。左はパートナーの簡至潔さん

会場の外には、入りきらなかった人たちが集まって、ピクニックをする光景も広がった。

彼らや100人を超えるボランティアと合わせると、2000人に近いと思われる人たちが集った会場は、お祝いムードと喜びのエネルギーに包まれた。

伴侶盟のメンバーとボランティアの人たち会場の外で、ピクニックを楽しみながら喜びの時間をシェア参加者で、会場は満員に

「絶対、ここに戻ってくる」

伴侶盟は、同じ場所で5年前にも披露宴を開いている。

「2013年、伴侶連は平等な婚姻を求める法案を作って立法院に提出しました。その時に法案提出を祝って、同じ場所で同じような披露宴を、1200人のゲストを招いて開きました」と、許さんは振り返る。

「その時に『いつか法案が通って同性カップルが結婚ができるようになったら、必ずこの場所に戻ってこよう』と、私たちは誓ったのです」

「だから私たちにとって、ここで披露宴を開くことは、象徴的な意思表示でもあります」

準備た料理は、鶏肉やエビの料理、餅など、台湾の伝統的な披露宴で出されるお祝いの食事だ。結婚したカップルや招待者の幸福や長寿を願って、一品一品に縁起の良い名前がつけられているという。

熱気と喜びに包まれた

披露宴は19時にスタート。

人気シンガーソングライターのアイ・イーリャンさんによるライブパフォーマンスや、ドラァグ・クイーンやゴーゴーボーイよるダンスが、会場の空気を熱くした。

アイ・イーリャンさんのライブ参加者たちは、レインボーの旗を振りながら楽しんだ

メインイベントの一つとして行われたのが、20組の同性カップルの合同結婚式だ。

ウェディングドレスやタキシード、着ぐるみなど思い思いの衣装を着たカップルが、会場の人たちが見守られながらレッドカーペットを歩き、指輪を交換して愛を誓った。

これまで、望む相手との結婚が認められていなかったレズビアンやゲイの人たち。

愛する人と結婚ができるようになり、抱き合うカップルや涙ぐむカップルに、集まった人たちから大きな拍手や祝福の言葉がかけられた。 

同性婚運動を、たった一人で始めたレジェンド

喜びの涙を流すカップルを会場で見守っていた一人が、台湾のLGBTQムーブメントの先駆者、祁家威さんだ。

祁さんは1986年、たった一人で同性婚実現の運動を始めた。

祁さんを動かしたのは、「同性愛者たちの完全な人格(人としての資格、人間性)を社会で認めてもらうには、同性間の結婚を実現させるしかない」という強い思いだった。

祁さんによると、1986年当時、同性愛者たちは社会から隠された存在だった。

昼は異性愛者であるかのように振る舞い、ゲイの男性は夜になると公園やサウナなどで人目を忍んで会っていた。レズビアンの女性に至っては、出会う場所もなかった。

男性同士が結婚することは、30年前にはとんでもない考えと思われていた

同性愛者が、一人の人間として尊厳を持って生活できる社会にしたいと活動を始めた祁さん。

しかし「同性同士の結婚」は、当時ではとんでもない考えと思われた。当事者の中でも変人扱いされて、誰も見向きもしないような時代が約10年続いた。

心折れることはなかったのかと尋ねると、祁さんは笑いながら「実現できると思っていましたから。もし実現できると思わなければ、やらないよ」と答えた。

「孤独感もつらさも、感じませんでしたよ。自分では、楽しんでやっていました」

「物事は、1日では変化しません。だけど10年続けていると、徐々に変化が見えてくるものです」

活動を続けるうちに、祁さんに続いてカムアウトする男性が出てくるようになった。さらに、同性愛者の悩みを聞くためのホットラインができるなど、少しずつ社会が動き始めた。

たくさんのレズビアンカップルも、喜びを分かち合った

一方で、レズビアンの人たちが社会で見える存在なったのは、2000年代に入ってからだったという。

それには、女性の権利獲得の運動が大きく関係している、と祁さんは話す。

2000年代になって、台湾で女性の権利獲得運動が盛り上がりを見せるようになり、その中に同性愛の権利獲得も盛り込まれた。その流れで、女性団体のリーダーの中から、レズビアン運動の活動家も出てきた。

結婚登録初日の5月24に婚姻届を出したのは、女性カップルが341組、男性カップルが185組。女性カップルが男性カップルを大きく上回った。

「女性は強く抑圧されていた分、抑圧がなくなった時に強く跳ね返す力がありました」と祁さんは話す。

祁さんが一人で闘い始めてから、33年の月日を経て実現させた台湾の同性婚には、アジア初という誇らしい勲章がついてきた。

闘ってきた月日の長さをどう感じているのか尋ねると、祁さんはこう答えた。

「30年というと長いようでもあるけれど、世界の中では台湾は26カ国目。30番目に入っているから、早いとも言えます」

「実現して嬉しいです。だけどホッとしてはいません。今の法律はまだ不十分。また次の訴訟を起こすつもりです」

今回成立した法律で、同性カップルは結婚できるようになったものの、真の平等という意味ではまだまだ課題が残る。

カップル両者に血縁関係のない子供の養子縁組はできないし、国際カップルの場合は、パートナーの国で同性婚が認められていなければ、台湾でも結婚できない。

祁さんはそういった問題の一つ一つを解決していくつもりだという。

「諸葛孔明の精神で頑張ります」と、闘い続ける祁さんは笑顔を見せた。

最後に写真をと向けたカメラに、お茶目な表情で応じてくれた祁さん

喜びと決意

闘いを続けるのは、祁さんだけではない。

「絶対戻ってくる」という5年前の約束を実現させて開かれた披露宴は、お祝いの場であると同時に、真の平等を実現させるための決意をする場所でもあった。

許さんにとって次のゴールは、同性カップルが異性婚と全く同じ法律で結婚できるようになること。結婚以外でも、LGBTQの差別問題など解決しなければいけない問題は残っている。

披露宴の後半、ステージにたった許さんはマイクを握ってこう叫んだ。

「あと2年で民法を改正します!」

「あと10年したら、結婚以外の不平等もなくします!」

アジアで初めて同性同士の結婚を実現し、歴史を作った台湾。記念すべきお祝いの写真を、スクロールしてお楽しみください。

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