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乳腺外科医が準強制わいせつに問われた公判、無罪判決を臨床の医師たちはどう見たか

事件の現場となった足立区の柳原病院

足立区の柳原病院事件で、手術後の病室で女性の胸を舐めたとして乳腺外科の男性医師(43)が準強制わいせつで起訴された事件。

東京地裁は麻酔などによる手術後のせん妄だった可能性を捨てきれないなどとして、男性に無罪を言い渡した

この事件では、公判が始まる前から同僚の医師らによる男性医師の支援活動が展開。支援団体が男性医師のために募った署名は合計1万2867筆が東京地裁に提出された。

被告人の男性医師は、判決後に「ホッとしています。日本医師会をはじめ、私を支援していただいた多くの方にこの場を借りてお礼を言いたいです」と話していた。

一方、被害を訴えた女性は「私はせん妄ではなく、事件の詳細も覚えている。胸からは医師のDNAも検出された。これで無罪だったら、どうやって立証すればいいのか。私はただ、手術を受けに行っただけなのに」と困惑の表情を見せた。

この裁判について、現場の医師たちはどうみたのか。

同業である乳腺外科医と、臨床で術後せん妄に遭遇した経験がある麻酔医に話を聞いた。

同業である乳腺外科医の受け止めは

乳腺外科で働く医師たちは、この事件をどう見ていたのか。

関東で乳腺外科医をする男性は「この事件については、どちらが正しいかは判断がつかない。一方的に誰が正しいとは言いえない」と話す。

公判では、被告人が女性の胸を舐めたのか、女性が手術後の麻酔などの影響により、せん妄で幻覚を見たのか意見が二分された。

術後せん妄について「手術後に、変なことを言う人もいるし、自分でそうした暴言を覚えている人もいる」と振り返る。

自分が受けた全身麻酔の手術後の状態は「過度の酩酊時のイメージだった」と語った。

また、同業者として今回の件を受け「忙しくて現実的には難しいが、今後は看護師など周りの人とともに立ち会うようにするなどの自衛手段を取っていこうと思う」と話した。

公判では、被告人側が「ニキビを潰したり、ひげを触ったりする癖がある」として「手を洗わずに触診すればDNAが検出されることはある」とし、舐める以外でDNA型が付着する可能性を示した。

被告人は事件当日、触診があったものの「手術の直前まで一度も手洗いをしなかった」と供述しDNAがつばや指先から付着したとしていた。

ただ、医療現場では触診については素手で確かめるのが通常であるが、触診の前後には必ずアルコール除菌か手洗いをするという。これは標準予防策という全ての患者に対して行われる基本的な感染対策だ。

手術前の写真撮影の手順は

公判では、女性が衣服を自らまくり上げて胸を出し、顔が映ったかたちで撮影されていた。

手術前の写真撮影の様子。赤い点線の内部が撮影された部位で、✖印は患部を示している。女性の証言や裁判資料を基に作成。

 手術前の写真撮影については「乳腺外科の症例で顔を撮影することは通常ありえない。顔を撮影する必要性がなくプライバシーなどの問題がある。顔が映らないように正面と左右で3枚程度撮影している。症例や医師によっては学会や論文のために多く撮影することもある」と説明した。

また「後輩医師が撮影した写真に誤って顔の一部が入っていたりなどしたら、注意します」と語った。

臨床の麻酔医はどう見たか

写真は麻酔科医のイメージ画像です

公判では「日本でも、医師の間では医学的常識として認識されている」という術後せん妄の説明がなされていた。臨床現場ではどのように受け止められたのか。

麻酔科の勤務医はハフポストの取材に対し「術後のせん妄は、確かに頻回に起きることではある」と話す。

せん妄が症状として出る要因には、どんなものがあるのか。

麻酔科医は「高齢者や認知症の方、長時間の大がかりな手術、またうつ病やアルコール依存症などの精神的な疾患を抱えてる方は起こる傾向が強い」と説明する。

今回のような若年の女性の短時間の手術では「使用された薬剤によるが、今回の麻酔薬では起こる可能性は低いと思う。少なくともこのケースのようなリアルな性的せん妄を起こした症例はみたことがない。この条件で術後せん妄を起こす、ということは臨床現場の常識ではない」と語った。

手術で使われた麻酔薬プロポフォールのせん妄リスクについても「麻酔の導入のみに使用した場合、手術終了後には血中にはほとんど残っていない。それが術後せん妄を起こすことは考えにくいですが、吸入麻酔含め術中に使った他の薬剤がせん妄に影響を与える可能性もあります」と説明している。

署名活動について同業医師が語る複雑な心境

今回の事件について、同業者である乳腺外科の医師は「もし、患者さんのせん妄であったならば、乳腺外科医にとっては非常に不運なことである。確率の低い、飛行機が墜落するレベルのものだが、飛行機事故があったからといってパイロットを辞める人はほとんどいないように、この事件によって不安が増し、乳腺外科医たちが専門を辞めるといった判断にはならないでしょう」と話す。

一方で「せん妄なのか、医師の性犯罪だったのかは、正直なところどちらとも言えない。医師だからといって犯罪を犯さないとは限らない。医学生、研修医、だけでなく医師の犯罪も多く事件になっている」と心情を述べた。

この事件では、被告人となった男性医師の逮捕直後から無罪を訴える支援集会が開かれたり、署名活動が展開されていた。

「知り合いの乳腺外科医と話をしていても、『無罪だ』として署名をしたり、支援に参加したりする人もいる。だが、こればかりはその医師本人と神様にしか分かりえないこと。『この人が犯人だ』と決めつけるのと同じく、本当の状況を知りえない人が、無責任に『この人はやっていない』と言って首を突っ込むのはどうかと思うので、自分はそういった活動には参加しなかった」と話した。