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ビジネスに永遠はない!~変幻自在で挑む大胆サバイバル戦略 ヤタロー会長・中村伸宏

カンブリア宮殿,ヤタロー
© テレビ東京

話題沸騰の手土産品スイーツ~しっとりバウムの秘密

横浜市の「ららぽーと横浜」に客でごった返す店がある。並んでいるのはおしゃれでおいしそうな洋菓子の数々。喜ばれる「手土産スイーツ」としても重宝される店だ。

「ロールケーキ」は1296円。「プリン」(378円)もファンが多いという。卵は卵黄だけ。北海道産の生クリームをたっぷり混ぜ合わせ、濃厚な味わいと、とろける食感を生み出している。

子どもからお年寄りまで、あらゆる世代に受けているこの店の名前は「治一郎」。「治一郎」と言えば、代名詞とも言える看板商品が「バウムクーヘン」だ。ホールタイプは高さ8センチ(2160円)。この店だけで多い日には1日400個が売れる大ヒット商品だ。

しっとりしているから、飲み物が要らないと評判のバウムクーヘン。その「しっとり感」はいかにして生み出されるのか。

静岡県浜松市にある工場。他と大きく違うのは卵の量だ。一般的なバウムクーヘンに比べ「治一郎」は卵の割合が多い。しかも、卵黄と卵白を分けておいて泡立てることできめ細かく、口どけのいい食感にしている。

「しっとり感」を出す為に最も重要なのが「焼き」の工程だ。バウムクーヘンはオートメーションでは作れず、専用オーブンで1本1本、手焼きしている。

まずオーブンの下の皿で生地をまとわせ、回転させながら弱火でじっくり焼く。これを繰り返し、何層ものバウムクーヘンを作り上げていく。この工程に欠かせないのが職人技。「どうしても生地の状態はその日の温度や湿度によって変わるので、焼き加減のコントロールが一番難しいですね」と言う。

焼きすぎると「しっとり感」はなくなるが、生焼けもダメ。焼き時間や火力の微調整が不可欠だ。経験を積んだ職人でもいくつかは変形してしまう、極めて難しい作業だという。

工場の隣には毎朝100人以上が列を作る大人気スポットがある。地元の人たちに恩返しをしようと10年前に作られた、激安のアウトレットショップだ。最も売れているのはやはりバウムクーヘン。端の部分や生産過剰で余ったものが、通常価格の3分の1で買える。

一代で全国区の人気スイーツ「治一郎」を作り上げたヤタローグループ代表・中村伸宏(76)だが、「これで安泰」とは微塵も思っていない。

その危機感から生まれた商品がある。「治一郎」大平台本店のオープンキッチンでは、バウムクーヘンをバーナーで炙っていた。ふわふわの生地の上にカラメルの香ばしくてほろ苦い味が広がる「焦がしバウム」(1080円)。「治一郎」オリジナルの限定商品だ。

こうした商品を開発する狙いを、中村は「大手が来ないところ、大手がやれないこと、やりたくないことをやる。人の真似をしてもしょうがない」と説明する。大手がやりたがらない手間のかかる商品をあえて作り続けているのだ。

カンブリア宮殿,ヤタロー
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絶品バウムクーヘン~戦わずに生き残る大胆戦略

カンブリア宮殿,ヤタロー
(画像=© テレビ東京)

「大手とは、同じ土俵で戦わない」。これがヤタローの最重要戦略だ。その陰には、かつて大手と戦い、煮え湯を飲まされた中村の苦い過去があった。

ヤタローは1933年に浜松市で創業したパンメーカー。多くの職人を抱え、地元のパン屋さんに商品を卸す有名な企業だった。

創業者の目に止まり、1971年、婿としてヤタローに入った中村。それ以前に勤めていた「東急不動産」では「マムシの平松」と呼ばれた仕事の鬼だった。

中村は社長に就任後、新たな事業を立ち上げる。それがドイツの製法を売りにした直営店「シャンボール」の出店だ。当時、こうした店はまだ珍しく大人気に。中村は勢いに乗って最大50店舗まで増やした。

「製法も違うし、材料もいい。常に新しいものをやっていた。浜松では殿様だった」(中村)

しかし1980年代の後半、静岡県内に大手のスーパーやコンビニの出店が加速。ヤタローは大手との競争に敗れ、直営店を相次ぎ閉鎖。半分以下に減らし、創業以来、初めて赤字転落という危機を迎えた。このままでは生き残れない。その時、中村が行き着いた答えこそ「大手と戦わない」という戦略だったのだ。

「大手に勝つのではなくて、大手を避けて、負ける戦争はしない」(中村)

そこで目をつけたのが、当時下請けで作っていたバウムクーヘン。バウムクーヘンは絶えず火加減の調整が必要で、機械による大量生産は難しい。だから大手は、ほとんど手を出していなかった。

2000年、中村はバウムクーヘンの開発に乗り出した。当時出回っていたのは、パサパサしたものばかり。ならばと、中村が目指したのは「究極までしっとり感を追求したバウムクーヘン」だった。しかし、下請け時代から使ってきたオーブンは古くて火力の弱い、小さなバウムクーヘン用。出来上がってくるのは、イビツに変形し、生焼けのモノばかりだった。職人たちは落胆したが、ダメ元で試食してみるとおいしく、味の方向性は意外と早く見えた。

だが、実はここからが長い苦難の道のりとなる。当時、製造に関わり悪戦苦闘した製造部の堀内初治は「『焼きすぎ』と『生』の間をどう焼くかが一番の悩みの種でした。その境目が分からないんです」ところ言う。

生地の配合や火力、焼き時間などを何度も調整し続けること2年。試作品が1万本を超えた頃、ようやく正解にたどり着く。こうして「治一郎」が産声をあげた。

発売すると、大手に作れない味は大ヒットし、今やバウムクーヘンだけで年間35億円を売り上げるまでになった。

さらに今年の春、「治一郎」に続く新たなオンリーワンのバウムクーヘン「きみのまま」(1728円)を世に出した。原料の卵の割合をさらに増やし、隠し味にみりんを加えた。限りなく卵焼きに近い新感覚スイーツだ。

こうした挑戦を続けるのは、すべて会社存続のため。

「300年を目標に、危機感を持ちながら長く続く組織を作ることが継続です」(中村)

カンブリア宮殿,ヤタロー
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宿泊施設、レストラン、学食……頼まれ仕事こそチャンス

浜松の中心街から車で40分。山道を登って行くと、その山頂に大人気となっている宿「森の家」が現れる。周囲は緑豊かな公園で、自然散策も楽しめる。週末は3ヶ月先まで予約で埋まっている。

魅力はその安さ。「森のめぐみプラン」は一泊2食つき8900円。しかも食事は豪華な懐石料理。「三ヶ日牛のすき鍋コース」のメインは地元のブランド牛のすき焼きだ。客の大半は地元の人たち。近くから気軽にやってきている。この宿の運営にあたるのがヤタローだ。

ヤタローは大学の学食も運営している。袋井市・静岡理工科大学の学生たちに特に人気となっているのが焼きたてのパン。およそ30種類のオリジナルパンを熱々で並べ、学生たちのハートを掴んでいる。

「治一郎」で知られるヤタローだが、それ以外にもレストランや病院食、学校給食など28もの業種を幅広く展開している。多くの企業が「選択と集中」で利益を目指す中、なぜヤタローは多角化なのか?

「直接代表が頼まれる。それを内容によってお受けすることが多いんじゃないかと思います」(金原文孝専務)

ヤタローが手がける新しい業種の多くは、中村が相手から依頼され引き受けた「頼まれ仕事」。中村はその「頼まれ仕事」を次々と成功させている。

「それはそれだけの人材を擁しているから。さらに人材を集めている。それがヤタローの企業力なんです」(中村)

例えば、人気の宿「森の家」は、もともとは静岡県が運営していた研修や合宿用の施設だった。しかし稼働率は40%と苦戦。そこをヤタローが引き継いだのだ。

宿の再生のために中村が送り込んだ人材が支配人を務める渡部尚樹だ。渡部が真っ先に始めたのがサービスの見直し。元々、研修や合宿用の施設ということで出迎えなどは行われていなかったが、渡部はサービス業の原点に立ち返り、「もてなしの心」を徹底させた。

稼働率アップにつながる画期的なサービスも導入した。チェックアウトしようとする客がフロントで渡されたのは、最寄りの駅まで送ってもらえるタクシーの無料利用券だ。以前は、送迎は一切なしだった。来る時も利用できるこのサービスにより、往復でおよそ3000円が浮く。

さらに渡部は、泊まるだけの宿から、行ってみたくなる宿に変えた。「親子3世代で楽しんでいただける公園だと思います」(渡部)と言うように、申し訳程度にあったアスレチックの施設を大幅に改装し、一日楽しめるようにしたのだ。子どもを対象にした自然体験教室や、月の光の下で行う幻想的なヨガ教室など、気軽に体験できるオリジナルイベントを続々開催。その数は年間70回を超える。

グルメもテコ入れした。地元のホテルで料理長を務めていた中道一寿を迎え入れ、提供するメニューを一新したのだ。今では料理だけを食べに来る客も多く、レストランはいつも大盛況。リピーターを生んでいる。

渡部が仕掛けたさまざまな改革によって宿の稼働率は大幅に上がり、宿泊客は倍増した。

カンブリア宮殿,ヤタロー
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成功の秘密は苦労人集団

この勢いに乗って、中村は「頼まれ仕事」を請け負う部署まで立ち上げた。そのサービス事業本部にいる社員は、倒産やリストラ、早期退職などを経て中途採用された人が多い。

「会社が潰れて地元に戻る経験などは、お金には代えられない。サービス事業本部の財産は、いろいろな経験をした人が集まっていることです」(中村)

苦労人の隠れた才能が発揮されたのは浜松市の「田園空間博物館総合案内所」も同じだ。この施設の再生に当たったのが平山俊郎。地元の大手機械メーカーを退職した中途組だ。担当するのは浜松市の観光スポットの案内所だが、これといった目玉はなく、以前は人もあまり立ち寄らなかった。

そこで平山は地元農家とタッグを組んだ。周辺を回り、直売する野菜を出してもらったのだ。平山の隠れた才能は人の懐に飛び込むこと。370軒の農家が契約してくれた。するとこれが大あたり。寂しかった施設に、新鮮野菜が安く買える人気コーナーが加わった。

平山の奮闘で、以前は年間3万人程だった来客数は10万人にまで伸びた。

「農家さんたちをまとめて野菜を流通させる。ニッチなビジネスチャンスはあると考えています」(平山)

農家とのパイプを利用して、平山は新たなビジネスも立ち上げた。それが今年4月、浜松駅の駅ナカにオープンした地産地消のレストラン「農家バルつなぐ」。人気メニューは、あの地元農家の新鮮野菜とブランド豚が味わえる「せいろ蒸し定食」(1166円)。農家とのパイプが活きるサラダバーも大好評だ。

苦労人の隠れた力が新たなビジネスを成功させ、同時に苦労人に生きがいを生んでいる。

カンブリア宮殿,ヤタロー
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京都から世界を目指す~決め手は従業員の愛情

カンブリア宮殿,ヤタロー
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新たな「頼まれ仕事」を受けて、中村がやってきたのは京都だった。呼ばれた先はおよそ70年続くパンメーカー「丸善パン」。地元のホテルや喫茶店などにパンを卸している従業員30人ほどの会社だ。

おいしさには定評があるが、2年前に経営者が病に倒れてしまい会社の存続が危うくなった。「何とかして欲しい」と頼まれた中村は昨年、この会社の経営を引き受け、ヤタローのグループに加えたのだ。

中村が一緒にやろうと判断した決め手は工場の中にあった。

「設備は新しくはないが、鏡のようにきれい。現場の人の心が入ってないと、会社を愛してないとこうはできない。そういう人たちを私は必要としたんです」(中村)

そして会社を愛する従業員と共に作り始めたのが「都あんぱん」(237円)だ。京都の伝統的な菓子作りの技術を生かし、コクと甘さを引き出した自家製あんこ。生地には京都産の酒粕を練り込んだ。まさにメード・イン・キョウト。パッケージは和を打ち出した。

「外国人観光客の比率が高い京都で買えるお土産品にしたい」(中村)

これを海外出店への足がかりに。目指すは永続300年だという。

~村上龍の編集後記~

いつのころからか「選択と集中」は半ば常識となった。

「ヤタロー」は一見、異質に思える。(スーパー)拡大・多角化、「頼まれ仕事」は基本的に断らない。行き当たりばったりなのかと思ったが、違った。

中村氏は、不動産会社時代、「蝮」というあだ名が付いた凄腕の営業だった。あきらめず、徹底的に交渉したのだ。

主力のバウムクーヘンは、大手には作れないものをと、開発した。ゴールを定め、達成のために、ためらわず新規事業を開始する。

自らの強みが永遠に続くとは限らない。ゴールまで整備された道はない。常に厳しい荒野がある。

<出演者略歴>
中村伸宏(なかむら・のぶひろ)1943年、石川県生まれ。1967年、中央大学商卒業後、東急不動産入社。1971年、ヤタロー入社。1977年、代表取締役社長就任。2013年、ヤタローグループホールディングスCEO、ヤタロー会長就任。

放送はテレビ東京ビジネスオンデマンドで視聴できます。

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