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いい本は「売れる」。本づくりの現場を知る私を一瞬で魅了した純度100%の小説

出版社での営業、編集者を経て、書店で働き始めて4年が過ぎた。

文芸書担当という非常に責任の重い立場で働くことにプレッシャーを感じるのは、売り上げが悪いとクビだから、という私的な理由だけでは決してない。平積みしている1点1点、棚挿ししている1点1点に、責任があるからだ。

書店は委託販売業である。書店員はお預かりした本を売るのが仕事だ。そして同時に、書店員は返本の判断を下す悪魔でもある。

版元営業も編集もやっていた経験があるからわかるが、本を出版するということ━━それは著者のこれまでの知識・経験、いわば血肉の結晶化であり、文字どおり、人生を懸けた仕事である。

そして、装丁家・デザイナーの(私のような素人にとっては)目に見えぬ微細な修正、苦労。編集・校正者の徹夜当たり前のブラッシュアップ。印刷所で働く皆さんの職人仕事。本を売りたいと願う版元営業の想い。そのすべてが積み重なっている。

ポーカーでいえば、オールインだ。出版するという行為には多くの人の力が不可欠で、もちろんとんでもないコスト、お金がかかっている。

店頭に足を運んでくださるお客様にとっては、そうした「本をつくる」ことの苦労はあまり目に見えない。いや、それでいい。だからこそ、本は尊いとすら私は考える。

最終的に店頭で手に取ってもらい、購入するかどうかを決めるのはお客様だ。書店の主役は著者でも書店員でもなくお客様であり、お客様が買いたいと思う本を、書店の客層、立地などをふまえしっかりそろえること、目に付くよう配置して手に取ってもらう機会をつくること、それが書店員の唯一の価値である。

もちろん私はいい本、おすすめしたい本を店頭で推す。それでもやはり、最終的に購入を決めるのはお客様だ。

「いい本」を見つけ、すすめ、お客様の心を動かすことができるか。それが、まだまだうまくできないでいる自分に対して、毎日悔しく思いながら日々研鑽につとめている。

一方で、「いい本だから売れる、というわけではない」というのも、ある程度正しい。

版元営業で働いていた時「こんなにいい本なのに売れない、なぜだ」と思い悩むことは、数えきれないほどあった。だが市場に出たら、あとはお客様が決めることであり、ここ(書店)は真剣勝負の本番、闘技場であるという事実は頑としてある。あまり言いたくはないが、確実に「判断」される。

しかし、前言翻すようだが、たった4年ではあるが文芸書を担当し、自分がいい本だなぁと思う本はじわりと賞を獲ったり、じわりとレヴューで好評価を得たりしていることが多くなった。自分がすすめているからということとは関係なく、お客様自身がその本を買いたいと思い、店頭で実際に売れるようになってきたというのも事実だ。「いい本は売れる(話題になる)可能性が高い」と感じている。

そもそも「いい本とは何か」という定義になると長くなりそうなので、また機会があればと思うが、ただ1つどうしても言いたいのは、命を懸けて本を執筆している、まだそこまで成功に至っていない作家の方々に「大丈夫ですよ、その血のにじむような努力を認めてくださるお客様は絶対にいらっしゃいますよ」ということ。

純度100%の小説であり、装丁も美しく、本として100点

前置きが長くなってしまったが、私の2018年のベストと信じる1冊は、奥泉光『雪の階』(中央公論新社)だ。本屋大賞ノミネートから落ちてしまったので、逆にいい機会というか、こうして推せる機会があって嬉しく思う。

最初、出版元の中央公論新社から配本が4冊あって、「どんな本かなぁ」とパラ読みした瞬間にピーンと背筋が伸びた。「あ、こりゃとんでもないぞ」とレジで購入、10冊追加で注文して、その日のうちに徹夜で読み切った。

 

あらすじ(中央公論新社HPより引用)

昭和十年。華族の娘・笹宮惟佐子は、親友・寿子の心中事件に疑問を抱く。真相を追い始めた惟佐子の前に、謎のドイツ人ピアニストや革命派の陸軍士官、裏世界の密偵が現れる。そして、次々に重なっていく不審な死――。二・二六事件を背景に描く長篇ミステリーロマン!

 

「超絶技巧」と言うべき、感嘆するしかないその卓越した筆致により浮かび上がる文章や言葉がページをめくるたびに、溢れ出してくる。

多層構造の物語のなかでさまざまな顔を見せる、魅力的で個性的なキャラクターたち。変わり者だが美しく才に長けた主人公の惟佐子がほんともう最高のヒロインで、ただただ、惚れた、恋をした。

純度100%の小説であり、読んでいて心地よい。装丁も美しく、本として100点である。もちろんストーリーは重厚であり、読み応え十分、どっぷりその世界観にハマれる作品だ。

10冊再入荷してすぐ、控えめなPOPを書いて掲出した。

中央公論新社の営業担当Mさんとやりとりし、「がんばりますよ」と伝え、販促に力を入れた。すると、徐々に話題になり、店頭で動き出した。そして、柴田錬三郎賞と毎日出版文化賞をダブル受賞し、年末恒例のミステリランキングでも続々入賞した。2018年2月発売の本だが、今もまだまだじわり売れている。

もともと高名で実績高い芥川賞作家の本をすすめていると言う意味で、「いい本」に決まってる、と思われるかもしれない。だが、そうしたこととは関係なく『雪の階』は皆様に喜んでいただけるであろうとんでもない作品で、自信を持っておすすめしたい、というのが伝わればと思って書いた。

ぜひお近くの書店店頭、レジでお買い上げいただきたい。もちろん当店でお買い上げいただければ、このうえなく嬉しい。

 

連載コラム:本屋さんの「推し本」

本屋さんが好き。

便利なネット書店もいいけれど、本がズラリと並ぶ、あの空間が大好き。

そんな人のために、本好きによる、本好きのための、連載をはじめました。

誰よりも本を熟知している本屋さんが、こっそり胸の内に温めている「コレ!」という一冊を紹介してもらう連載です。

あなたも「#推し本」「#推し本を言いたい」でオススメの本を教えてください。

推し本を紹介するコラムもお待ちしています!宛先:book@huffingtonpost.jp

 

今週紹介した本

奥泉光『雪の階』(中央公論新社)

今週の「本屋さん」

長谷川雅樹(はせがわ・まさき)さん/ブックデポ書楽(埼玉県さいたま市)文芸書担当

どんな本屋さん?

埼玉県の北与野駅から徒歩1分、豊富な品揃えで来る人を魅了する本屋さんです。目利きの書店員さんたちがつくる棚のすごさは一目瞭然。なかでも、文芸コーナーに貼られている担当さんのPOPは、いつも熱量に溢れています。こんなにも真摯に棚を耕しているお店があるなんて、埼玉の人が羨ましい! もちろん、県外の人も足を運ぶ価値のあるすてきなお店です。

(企画協力:ディスカヴァー・トゥエンティワン 編集:ハフポスト日本版)