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「法定デジタル通貨」が日本で流通する日 ~「マーシャル諸島」の事例から考える~

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はじめに

イラン、イスラエルにベネズエラ。様々な問題を抱えているとされる国々だが、これらの国には1つの共通点が存在する。それは国家レベルでの新法定通貨、「法定デジタル(仮想)通貨」構想を公表している国だということだ。

昨年10月には、イランの中央銀行であるイラン・イスラム共和国中央銀行がそうした通貨の開発を完了したことを公表している。これと対照的に、イスラエルの中央銀行は同年11月、効率化などの潜在的な利点があるものの、マネーロンダリング助長にもつながる恐れがあり、世界の他の国が始まるまではリスクが大きく開始すべきではないと結論付けている。ベネズエラが仮想通貨「ペトロ」を法定通貨と定めたことは何度か報道されているとおりである。

この3国以外にも、デジタル(仮想)通貨の開発や利用を急ぐ統治主体(ソブリン)は多い。このような中で本稿が注目したいのがマーシャル諸島である。同島は昨年2月に「ソブリン通貨の布告と発行に関する法律(Declaration and Issuance of The Sovereign Currency Act 2018)」を布告した。同法は、マーシャル諸島において、あらゆる債権債務に公共料金、税金などに利用可能な法定通貨としての「脱中央集権型デジタル通貨(digital decentralized currency)」を定義している。本稿はそうしたマーシャル諸島の動向を分析・整理することとしたい。

何が起きているのか?

最初にこの法律を読み、同国が想定しているデジタル通貨を確認しよう。同法において、マーシャル諸島が発行するデジタル通貨は「ソブリン(SovereignまたはSOV)」と称している。同法はこの「ソブリン」の定義およびそのICOに向けたプロセスを規定している。

同法が定める、「ソブリン」が有する特徴をまとめるとこうなる:

(1)「ソブリン」の発行主は財務省である(註:マーシャル諸島には中央銀行が存在しない)
(2)「ソブリン」は米ドルに加えマーシャル諸島における法定通貨となる
(3)「ソブリン」を取引するには標準的な「KYC(Know Your Customer)」(註:新規に口座開設する際に銀行側から要求される、顧客本人の身元確認に必要な書類手続)が必要となる。銀行監督委員へ公布したり、ブロックチェーン上での身元確認をしたりするために用いる
(4)「ソブリン」はICOを通じて公布される
(5)「ソブリン」は償還されない

(4)が主張するように、「ソブリン」はICOを通じて公布するとしており、同法内でその方法を定めている:

(1) 「ソブリン」の発行および有効化に必要となるコストは「選定事務局(Appointed Organizer)(※)」が負担する
(2) 発行される「ソブリン」は24,000,000単位で、100単位からの取引が可能である
(3) ICOに当たり、政府は12,000,000単位を保有し続ける。ICOの間、その内の半分(6,000,000単位)を売却に充てる。売却後の残りと売却しなかったもう半分(6,000,000単位)は、政府による信託ファンドに充てる
(4) 「ソブリン」の供給量は、前年に存在した「ソブリン」の量に応じて、予め定めた成長率である4パーセント分増加させる。新たな「ソブリン」は財務省または選定事務局による決定に応じて配分される:
 (a) すべての「ソブリン」所有者にプロラタ(比例配分)方式で分配する、または、
 (b) 「ソブリン」ブロックチェーン上のマイニング手数料としてマイナーに配布する
(5) 上述のICOにおいて、マーシャル諸島民には「ソブリン」による保有、貯蓄、そして取引手段として提供される。マーシャル諸島における事業者にはモバイルまたはPCからの申込アクセスを通じた、「ソブリン」を用いた決済取引により受け取ることが出来る
  ※「選定事務局(Appointed Organizer)」とは「ソブリン」発行のためのアレンジメントに携わる、「ソブリン」のICOやそれに係るオペレーションを行なう、議会が選定した個人または法人

 この内、政府の信託ファンドに充てるとする6,000,000単位および残存する「ソブリン」については、以下のソブリン・ウェルス・ファンドを組成して充てると記している:

(a) 「マーシャル諸島国営信託ファンド(RMI National Trust Fund)」は国庫やその他の国家による活動をサポートするのに用いる
(b) 「マーシャル諸島グリーン気候ファンド(RMI Green Climate)はその資金と利益を以下の用途で用いる:
①グローバル規模での温暖化や気候変動でマーシャル諸島が受けたダメージの補てんに充てる
②領海におけるマグロやその他の魚介類を持続可能なレベルでの漁獲を確保すべく漁場や海洋資源を保護する
③持続可能なエネルギー資源の100パーセント利用という目標を達成すべく太陽光やその他再生エネルギーを実装する
④廃棄物のリサイクル・マネジメントに利用する
⑤エコ・ツーリズムへ投資する
(c) 「マーシャル諸島原子力遺物健康ケア・ファンド(RMI Nuclear Legacy and Health Care Fund)は 米国による核兵器試験プログラムにより特別な支援を必要とする人々のために用いる
(d) 「居住民ソブリン割当ファンド」は「ソブリン」をマーシャル諸島居住民に配分する

このように単なる新たな通貨の発行ではないのが、この「ソブリン」発行のポイントである。発行後、それをソブリン・ファンドで運用することで、単に通貨を変更するのみならず、国家的な課題の解決や目標の達成に向けて用いるための原資にすると定めているのだ。

マーシャル諸島の動きが与えるインパクトとは?

マーシャル諸島はオフショアとして有名である。上述の統治経緯から、マーシャル諸島では英語が広く用いられているということと、米ドルが一般に流通しているということがその理由である。また以下のようなメリットがある:

 ―外国人が設立したマーシャル諸島会社は全ての税金が免除される
 ―国際商業会社は税務申告する必要が無い
 ―役員と株主の資料を公開しなくても良い
 ―無記名株式が発行できる
 ―周年申告表、会計帳簿と財務諸表を提出しなくても良い
 ―外貨に対する規制が無い、資金調達が容易

既に立法化されている「ソブリン」発行であるが、実際の所、あからさまに進んでいるわけではない。なぜならば、諸主体からの反対を受けているからだ。

その1つが米国である。同島はかつてドイツや我が国が保護領、信託統治領として統治してきたが、1947年からは米国が長年信託統治領としてきた。1986年には米国と結んだ自由連合盟約に基づき、米国側からの国家としての独立承認、経済援助を受けつつも安全保障(主として軍事権と外交権)を米国が統轄するという形での「独立」を実現したこととなっている。つまり、建前として「独立」しつつも、実態は米国の影響下にあるということだ。

もう1つが国際通貨基金(IMF)である。IMFはマーシャル諸島によるこうした決定に対し、「ソブリン」発行計画を見直すべきである旨を記述した報告書を公表しているのだ。

しかし、こうした批判は表層的であるというのが個人的な見解である。まず、IMFは仮想通貨を法定通貨とする事で米銀との関係性が薄れることを問題として挙げているものの、上述した法律に記述されているとおり、米ドルに加えて「ソブリン」を法定通貨とするとしているのだ。したがって、破綻的なレベルまで米ドル流通を阻害するとは限らないのである。

またヒルダ大統領は昨年11月、こうした仮想通貨の導入が同島の経済を破壊するとの批判に対し、そうした言説は根拠が無く、また反対勢力が「中国」からの圧力を受けた者だという主張を行なっている。貿易摩擦による米中の対立を考慮すれば、この発言からヒルダ大統領の背後に米国が存在することを推測するのは不自然ではない。つまり、この「ソブリン」の導入が米国からの許可を得たものである可能性が否定できないのだ。

では、何のためにこのような措置を取るのか。1つ考えられるのは、中国の排除である。 中国がマーシャル諸島といったオセアニア地域へ食指を伸ばす中で、マーシャル諸島への影響力を維持するため、米国がこうした措置を取っている可能性が在る。「ソブリン」を取引するためには、ブロックチェーン上への身元登録が必要となるが、それにより、中国からの「赤いマネー」の流入をコントロールできるという訳だ。

更には、先般の連邦予算問題が象徴するように、米連邦政府がその予算(債務支払)について“デフォルト”を引き起こす確率は決してゼロではない。そうした中で、米ドルが当たり前に流通するタックスヘイブンのままであっては、仮に“デフォルト”が生じた際に余波を受けるのは明らかである。その影響を抑えるには、「ソブリン」導入はそこを利用する米国にとっても利益の無い話では無いのだ。すなわち、「タックスヘイブン2.0」とでもいうべき役割を担うために、マーシャル諸島がこうした通貨の刷新を行なっていると理解すべきというのが、筆者の意見である。

我が国への影響は?

では我が国で法定デジタル通貨が発行される見込みはあるのだろうか。これに関して筆者が注目しているのが、日本銀行が先週19日(火)に公表したワーキング・ペーパー「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」である。本稿ではこのペーパーの各論点に触れはしないが、慎重な意見が垣間見えるというのが筆者の一読した感想である。現時点で、日本銀行は法定デジタル通貨の発行は無いという姿勢を崩していない。

となると、このマーシャル諸島のような方式は我が国にとって無関係であるとしてよいのか。筆者はそうではないと考える。諸外国と領有問題を有する離島や我が国領土の境界にある地域にこうした地域を設置するという案があるからだ。

たとえば、沖縄である。沖縄は16世紀まで南蛮貿易を通じて明から朝鮮、東南アジアといった様々な地域とリンクした、文字通り「グローバルな」地域であった。現在は米軍基地や日本政府からの援助がその経済の中核にあるものの、トランプ大統領が米軍の撤退を進め、また我が国がデフォルト・リスクを更に増大させる中で、自立した経済体制を築く必要性がある。そうした中で、グローバル・マネーを集めるためにも、デジタル通貨を日本円と併用するシステムを通じて、日本と沖縄の両方が裨益する金融メカニズムを構築するという構想を考えても良い時期ではないだろうか。

また北方領土でも同様である。領民の帰属問題は政治問題として非常に難しいものだ。しかし、これとは別に、一種のタックスヘイブンとしてロシアやその他国家(海洋を挟んで隣国である米国をも含めるという方式も想定し得る)を巻き込むのも、領民への裨益やグローバル・マネーの我が国への誘導という意味では一考に値するのではないか。

マーシャル諸島における法定デジタル通貨の発行についても、世界の一諸島における単なる一事象ではなく、我が国の未来にも参照し得る事例として、今後も注目しては如何だろうか。このようなグローバル規模での動きが金融マーケットや我が国の今後に与えるインパクトについて、4月13日(土)に東京・日本橋でお話しします。詳しくはこちら(青字部分をクリック)を御覧下さい。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。