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「お父さんが殺しにくる!」DV・虐待被害者は逃げればいいだけじゃない。専門家が指摘

千葉県野田市のマンションで、小学4年の栗原心愛さん(10)が父親の勇一郎容疑者から虐待を受けて死亡した事件を受けて、児童相談所による介入や警察との連携を求める声が強まっている。

しかし、カウンセラーとして長年、虐待やドメスティック・バイオレンス(DV)の問題に取り組んでいる臨床心理士の信田さよ子さんは「加害者を変える取り組みも必要だ」と指摘する。

虐待被害者の子どもが児童相談所に一時的に保護されたり、DVの被害者が逃げ出したりしても、根本的な解決にはならないからだ。

 

信田さよ子さん

 

 

加害者の影に怯える暮らし

関東地方で、夫によるDVと子どもへの虐待の被害を受けたユキさん(40代)。別居後も恐怖を抱えて暮らし、野田市の事件も「自分たちとまるっきり同じ」と感じたという。 

日常的な暴力を受け、生活費を極端に制限される暮らし。子どもも日常的に叩かれたり、時には「遊び」と称してお風呂場で息ができなくなるほど湯をかけられたり湯船に沈められたりした。しかし、「かえってエスカレートする」と止めることもできず、暴力が終わるのを待つばかりの日々だったことも、今回の事件と重なる。

数年前、家を追い出されたことを機に別居。市役所や学校にも相談した。しかし、いずれも「命に別状がないなら様子を見ましょう」と言われただけで終わった。暴力は日常で、それが虐待やDVだと気づかずに暮らしていたため、警察へは通報しなかった。

 

DV被害で子どもも虐待を受けたユキさん(仮名)

 現在、夫とは弁護士を介した以外の接触はない。しかし、道を歩いていても、つい不安になって辺りをキョロキョロと見回してしまう。

子どもも恐怖に怯えていた。仕事中のユキさんが「さらわれたのでは」と何度も電話をかけ、「お父さんに見つけられる」と登下校もできなくなった。夜中に「お父さんが殺しにくる!」と叫び出し震えて眠れなくなることもあった。子どものGPS付き携帯電話で夫が居場所を確認していたことに気づき、慌てて電源を切ったこともあった。

たとえ逃げ出しても、まだ心理的なプレッシャーは続いているのだ。

ユキさんの場合は通報さえできなかったが、加害者が逮捕されたとしても起訴されなかったり、短期間で刑期が終わる可能性も十分にある。

 

「逃げる」しかない虐待・DV対策

全国の児童相談所に寄せられた児童虐待の相談は13万3778件(2017年)。内容別では「心理的虐待」が最多の7万2197件。その半数以上が、面前DV(子供の目の前で行われる配偶者へのDV)だ。

野田市の事件やユキさんのように、子どもへの虐待と配偶者へのDVが同時に発生している例は多い。 

一方で、現在は被害者である子どもや配偶者は「逃げる」「身を隠す」一時保護や施設入所、などが虐待・DV対策の主な手法だ。DVの加害者に対しては唯一強制力を持つのは保護命令(接近禁止・退去命令)だけ。

児童相談所では保護者に対する相談などを実施する場合もあるが、「強制力がなく、専門の職員も少ないため加害者に対しては十分なアプローチができていない」と信田さんは指摘する。 刑務所でも虐待やDV加害者への特別な取り組みは行われていない。

野田市の事件で、心愛さんは一時児童相談所に保護された。しかし、その翌月には解除され、さらに2カ月後には親類宅から自宅に戻されている。背景には、容疑者の父親による職員の脅しとともに、心愛さん自身の「家に帰りたい」という言葉もあったという。

そうした虐待やDVの実情を踏まえて、信田さんはこう話す。

「もちろん、命に関わるような時、まず逃げることは絶対に必要です。でも被害者は逃げることで、すべてを捨てることになります。そして無事逃げ出しても、その影響は母子ともに長く続きます。恐怖で怯える生活を続けなくてはなりません。また、父親が虐待やDVを行う家では、母親や子供が経済力を持てないように支配されてきた場合が多く、元の生活レベルを取り戻すことは非常に難しいのです。離婚が成立しても、彼らが再婚後、新たな被害者が生まれる可能性も十分にあります」

 

「加害者は変われる。変わらないと困るんです」 

信田さんは、2003年に内閣府の「配偶者間暴力の加害者に関する調査研究」ワーキングチームのメンバーとなったことをきっかけに、被害者のカウンセリングだけでなく、民間団体であるNPO法人「RRP研究会」で加害者の更生プログラムも手がけるようになった。

プログラムに参加する加害者たちの多くは、自分は正義の履行者で「しつけ」として「(子供や妻)を正しく導く」ために暴力を振るったに過ぎない、むしろ妻のせいでこうなったという被害者意識が強いという。

しかし逃げた妻が、子どもとの面会や再同居の条件としてプログラム参加を提案することで、「妻子を失いたくない」ために、彼らは参加に踏み切る。

しかし、逮捕や裁判後にプログラム参加を命じられる法制度はないため、これらへの参加はあくまでも任意だ。加害者の自覚というよりも、妻子とやり直したいという動機が彼らをプログラムへとつなげるのだ。

当初の動機が、全18回のプログラムを経るうちに、彼らの暴力への自覚を高め、責任を取るために行動修正を図ることができるように、緻密にプログラムは構成されている。

「10年以上やってきて感じたのは、加害者は変われるということ、効果がある無しの論議より、何より彼らが変わらないと被害者(配偶者も子どもも)が困るんだということです。薬物問題も、刑罰よりも治療をという考えが主流になりつつあります。DV・虐待も厳罰化より、加害者の教育が必要です」。

 

 

国の取り組み「遅すぎる」

DV防止法の取り決めに基づいて、実は内閣府は2001年から、加害者更生プログラムについて検討を始めた。しかも海外視察なども含めた大規模な調査報告を何度も行なっている。

調査の結果、イギリス、アメリカ、カナダ、ドイツ、台湾でも、DV加害者に対しては裁判所の命令によって、加害者更生プログラムを受講させていることがわかった。

内閣府だけでなく、厚生労働省・法務省なども独自に調査を行い諸外国の状況を十分知っているはずだ。

2016年3月の内閣府の報告書では「加害者プログラムを、被害者支援施策の一つの手法として位置付け(中略)関係省庁・機関等の連携体制の構築が図られることが望ましい」とまで結論づけているが、具体的な制度設計にはまだ至っていない。

信田さんはこうした国の取り組みを「遅すぎる」と指摘。加害者に行動を変えるプログラムを受けさせる仕組みを早く整備すべきだと指摘する。

「2001年にDV防止法が施行されてから、もう20年近く。その間、内閣府も厚労省も何度も海外を視察し、加害者プログラムが諸外国では実施されていることを知っています。それなのに、いまだに日本では「民事不介入、法律は家庭に入らず」という法制度が変わっていない。それが最大の問題です。加害者へのアプローチをシステマティックにできるように、省庁を超えて法整備を急ぐべきではないでしょうか」。